「一度僕のフォームを撮ってくれませんか?」
職場の後輩で同じ救急隊に所属する采女弘樹はそう言って目の前でシャドーピッチングを始めた。采女は今年25歳になる元高校球児。高校時代は捕手だったそうだが、現在所属している職場の軟式野球チームではエースを務めている。
「スピードが出ないのはフォームに問題があると思うんですよ」
先日行われた試合の中で、采女は相手チームに変化球を狙い打たれて負け投手になってしまったという。変化球でバッターを打ち取れないのは、変化球そのものに切れがないのはもちろん、ストレートの威力がないからだと采女は考えている。
ストレートを速くしたい。そのためにトレーニングを重ね、理にかなったフォームを身に付け、130キロ、140キロのボールを投げてみたい。そう話す采女の目はいつになく真剣だった。

「スピードガンが欲しいんですけど、安くで手に入らないですかね?」
フォーム撮影日を調整していたある日、采女がとんでもない事を言い出した。トレーニングをしていくにあたって明確な目標が欲しい、そのために球速を測れるスピードガンが欲しいと采女は言うのだ。
采女のせがむ様な目に負けてお世話になっている野球部の監督さんに聞いてみると、スピードガンにも様々な種類があって値段も高い物だと数十万円以上、一番安い物だと5万円位とピンきりだという。ただ野球場のネット裏など投手との距離が離れている場所から計測するにはある程度以上のスピードガンが必要だが、捕手のすぐ後ろで計測するのなら安い物で充分でしょうとその監督は教えてくれた。その言葉を信じ、スポーツメーカーのパンフレットに載っているスピードガンの中で一番安い物を監督に注文して貰った。

1週間後、監督からスピードガンが届いたと連絡があった。僕と采女は早速高校のグラウンドへスピードガンを取りに行った。
届いていたスピードガンはミズノ製の「SPEEDMAX」。この機械は投げたボールに超音波を当て、その時に生まれるドップラー効果でスピードを計測するという。
監督の好意で、女子マネージャーの手を借りて野球部のスピードガンと並んで計測をさせてもらう。20万円以上するという高級スピードガンとどれだけの誤差があるのかを確かめるためだ。監督自ら捕手役を務めて貰って10球ほど計測すると、その誤差はわずか1キロしかなかった。

最初は采女に乗せられた形だったが、安月給の中からスピードガンまで買う彼を見ていると、これは案外面白いかもしれないと思うようになった。
采女は球速を上げるために真剣にトレーニングをしたいという。采女が所属していた野球部は兵庫県の県立高校で本格的な技術指導は一度も受けた事がないという。大学時代は野球から離れていた采女だが、この歳になって再び野球に目覚め、基礎からトレーニング、フォーム理論などを勉強したいと話した。
その熱意を聞いているうちに、スピードを上げるためにはどんなトレーニングが必要なのだろうと疑問が沸いてきた。理にかなったトレーニングを続ければ本当にスピードは上がるのだろうか。元高校球児とは言っても投手に関してはズブの素人である20代の男が140キロを投げる事は可能な事なのか。

あまりにも目標が高すぎて、少々馬鹿馬鹿しい気がしないでもないが、素人が様々なトレーニング方法を考え、試し、フォームも矯正していくと、一体スピードはどれだけ速くなるものなのか。その過程をホームページの中で追っていったら面白いのではないかと思った。
職場でこの馬鹿げた計画を話しているともう1人賛同者が加わった。采女より1つ年上で消防隊に所属する竹内完治だ。竹内は現在草野球チームのエースを務めているが本格的な野球経験は中学時代の3年間だけ。采女以上にズブの素人であるが高校時代は水球部に所属していたため肩の強さには自信があるという。草野球の試合の中で相手チームが目を見張るような快速球を投げてみたいと竹内は言った。

1マイルは1.609344キロメートル。つまり87マイルは140キロという事になる。ズブの素人で愛すべき野球馬鹿の後輩達は87マイルに一体どれだけ近づけるのか。その馬鹿馬鹿しい試みに少し付き合ってみようと思う。


PROFILE

采女弘樹(左)
小学校4年生で野球を始め、5年生から投手になるが肘を痛めて内野手に転向。兵庫県立伊川谷北高校時代は捕手で3年夏の兵庫大会では1回戦で逆転負け。現在、職場の軟式野球チームのエースを務める。身長171センチ、体重65キロ。25歳。

竹内完治(右)
中学1年生から野球を始め、ポジションはセカンドとショート。高校では水球部に入部したが1年で退部。現在、2つの草野球チームに所属し投手と内野を兼任している。身長168センチ、体重66キロ。26歳。


第1回計測日 2008年4月25日