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土埃が舞い、二塁塁審・野口の両腕が水平に広がるのを見て、平安高校野球部監督・原田英彦はグッと拳を握りしめた。
第85回全国高等学校野球選手権記念大会3回戦、京都府代表・平安高校と宮城県代表・東北高校の試合は、両校無得点のまま、3回表の平安の攻撃に入っている。ワンアウトの後、9番・西郷が四球を選び、そして1番・松崎の3球目にセカンドへのスティールを決めた。その瞬間、原田は拳を握りしめたのだ。
理由は2つある。平安・服部、東北・ダルビッシュの両2年生投手とも立ち上がりの出来は最高と言ってよい。勝負が僅差になることは誰の目にも明らかだ。先制点を奪うということは、単に試合を有利に進めるというだけでなく、限りなく勝利に近づくことを意味する。スコアリングポジションにランナーを進め、先制点に近づいたということが拳を握りしめたまず1つ目の理由だ。
そしてもう1つの理由。それはあまりにも簡単に盗塁が決まり過ぎたことにある。超高校級といわれるダルビッシュから連打を奪うことは容易ではない。点を奪うためには脚を絡める必要がある。機動力を駆使することでダルビッシュのリズムを乱し、突破口を開きたいと原田は考えていた。平安が機動力を使ってくることは、当然、ダルビッシュも分かっているはずだ。しかしダルビッシュは、1球も牽制球を投げなかった。盗塁は易々と成功した。まるでランナーを無視しているかのように原田には見えた。走られたところで、あとのバッターを打ち取ればいいんだろう。この俺が打たれるはずがない。ダルビッシュはそう思っているように見えた。それが悔しかった。
「舐めやがって・・・」
拳を握ったもうひとつの理由はそういうことだ。
ダルビッシュは、続く1番・松崎、2番・白滝を打ち取って悠々とベンチへと帰っていく。その姿を見て、原田は更に強く拳を握りしめた。
3回戦で東北と対戦することが決まっても、原田の気持ちが昂ぶることはなかった。東北のエースは評判のダルビッシュである。しかし怖さはなかった。
超高校級と言われるダルビッシュだが、甲子園デビューとなった選抜大会では、ファンと握手をした際に右腕を痛め、2回戦の花咲徳栄戦でメッタ打ちにあった。そしてこの夏の甲子園でも、宮城県大会で痛めた腰の影響から、初戦の筑陽学園戦はわずか2回を投げただけで降板している。確かに素質はある。しかしあまりにも脆い。痛さをマスコミに公言するということは自分に自信のない証拠だ。負けた時の言い訳をしているに過ぎない。東北との試合前、原田は選手たちに対し「何も恐れることはない。平安の野球をすれば必ず崩せる相手だ」と話した。
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