2004年7月7日 平安高校

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練習は午後の3時から始まった。
まずはコンディションニングコーチが作ったアップメニューがたっぷりと30分間行われた。選手たちが肩をぐるぐると回す動作が多く見られる。
「冬場に走りこみを多く取り入れたので肩が硬くなっているそうで、肩の可動域を広げるメニューが多いそうです」
と練習を取材に来ていたNHKのディレクターが教えてくれた。
時間は夕方へと向かっているが、気温は一向に下がる気配はない。選手たちの顔に汗が滲む。
「今日も暑いですね。特にこのグランドは暑いんですよ」
ユニフォーム姿の原田監督がグランドに姿を現した。

夏の京都大会開幕を前に平安の練習を見てみたいと思った。
昨年も京都大会の前にこの亀岡グランドを訪れたが、手帳を見るとその日は6月3日となっている。今年は昨年よりも1ヶ月ほど遅く、京都大会開幕を1週間後に控えている。この時期に平安がどんな練習をしているのかを見てみたかった。
それに京都大会を占う上で、今年の平安を一度自分の目で見ておきたかった。
昨年の夏、甲子園の3回戦で東北に負けてスタートした新チームの試合を僕はまだ一度も見た事がなかった。
昨秋の京都外大西戦は仕事のために見ることが出来なかったし、今春は当然ベスト8まで勝ち上がってくるだろうと予測していたら二次戦の初戦で乙訓に敗れた。平安の試合を一度も見ないで夏の大会を迎えるなんて、ちょっと記憶にない。

「今年の平安は弱い」
こんな噂をよく耳にした。確かに秋、春と結果は残していない。春夏連続甲子園出場を決めた昨年のチームと比べると、チーム力は相当に落ちていると見るのが妥当なのかもしれない。しかし、そんな事はないだろうという気持ちがあった。
「服部は完璧でした」
東北戦での服部のピッチングを原田監督はこう評した。あの服部が残るチームが弱いなんてことがあるはずがないという思いがあった。
それに、もし今年の平安が本当に弱いとするならば、その弱いチームを相手に、原田監督がどのような指導をしてるのかを見てみたいとも思った。

アップの後、キャッチボール、トスバッティングと流れ、3時50分からフリーバッティングが始まった。
マシーンが2台とバッティング投手が2人の計4箇所。マシーンのスピードがかなり出ているように感じる。130キロは超えているだろう。
春以降、打撃強化に力を入れた。マシーンのスピードを上げたのも強化策のひとつだし、長い竹の棒や、逆に長さが半分のバットを振り込むのも強化策のひとつだ。
その成果が出て、強豪校との練習試合でもかなりの得点を挙げている。得点力の低さが懸念されていたが、夏を前に攻撃力は上昇カーブを描いている。
オープンに構えたフォームから快打を連発している選手がいる。2年生の炭谷だ。打球の速さが他の選手とは違う。練習試合でホームランを連発している若きスラッガーが今年の平安の4番に座る。

このフリーバッティングの中で唸らされた場面があった。打者はボールを打つ前に「ノーアウト二塁」、「ワンアウト三塁」と自らが想定した場面を明言する。その場面に応じた打撃を自らに課すためだ。
打者が「ワンアウト一塁」と明言した後、バッティング投手がボールを投じた。そのボールが外角に大きく外れワンバウンドとなった。その瞬間、原田監督の怒声が響いた。
「ランナーが一塁におるのに、何、気の抜いたボール投げとんじゃ!!二塁に進まれるだろう!!」
バッテイング投手は帽子を脱いで大きな声で返事をし、次のボールを投げた。また原田監督の声が響いた。
「一塁にランナーがいるって言ってるだろ!!目で牽制してから投げんかい!!」
練習は走者を置いたシート打撃ではない。この声はフリー打撃に投げているバッティング投手に発せられているのだ。
「ただ投げるだけだったら誰でも出来るんじゃ!!実戦を想定して投げんかい!!」
この約1分間ほどのやりとりを聞くだけで、平安の強さの秘密を伺い知る事が出来る。

たっぷりと90分間打ち込んだ後、5時20分からノックが始まったが、その前にグランドを整備した後、マウンドを囲んで選手たちの輪が出来上がった。
選手たちの両腕が腰に当てられる。試合前に平安ナインが気合をいれるためにしている「1,2,3,4,5,6,7,8・・・」のかけ声が始まるのかなと思っていたら、その予想は外れた。選手たちは腰に当てた腕を前後に2回振りながら短く声を発した。
「ハッスル!!ハッスル!!」
思わず声を上げて笑ってしまった。

ノックは原田監督と選手たちの大切な対話の時間なのだろう。ノックを通じながら選手たちに声をかけている姿を見ていると、原田監督はこの時間を大切にしているのだろうし、このノックを通じて様々な事を選手たちに伝えたいと思っているのだろうと感じる。
ノックの中で特に印象に残った言葉が3つあった。
「もうエラーして、しまったで済まされる時期じゃないんやぞ!!ここまで来たら何が何でも捕らなあかんねや!!その時期に来てるんや!!」
「お前が泣いただけでは済まんのや!!チームが泣く事になるんや!!」
原田監督のこの2つの言葉を聞き、夏が始まるんだなと感じた。
そして印象に残ったもうひとつの言葉。それはミスを繰り返していた一塁手に向けられた言葉だった。ミスをしてしまい、怒鳴られ、萎縮して更に動きが悪くなった一塁手に対しての言葉だった。
「お前、こんな事でびびってたら、甲子園に立ったら絶対に真っ青になるな」
この言葉を聞き、原田監督は今年も必ず甲子園に行くのだと硬く決めているのだなと感じた。

6時30分から走者を置き、状況を設定して、試合形式のノックが始まった。正確に書くとノックではなく、打席には原田監督や石黒コーチが立ち、走者にサインを送って投手のボールを打っていく。
走者が三塁にいる時、原田監督がサインを出す。投手が足を上げた瞬間、捕手が立ち上がりウエストボールを要求。三塁走者を刺した。
「どうして見破った?」
原田監督が捕手に問う。
「三塁走者の動きで分かりました」
その答えに原田監督は満足そうな表情を見せた。もちろん、すかさず三塁走者に注意を与えた事は言うまでもない。
様々な状況が設定されながら、実戦練習は8時まで行われた。昨年も感じた事であるが、この練習を見ると、野球とは何と奥深いスポーツで、何と面白いスポーツなのだろうと思う。

そして、こうも思った。原田監督はあまりにも高いレベルを求めすぎているのではないかと。
練習を見ていて、原田監督が要求するプレーに選手たちがついていけないシーンが度々見られた。決して選手たちのプレーの質が低いわけではない。原田監督の求めるレベルが高過ぎるのだ。
夏の京都大会開幕はあと1週間に迫っている。この時期に、こんな高いレベルの事を教えても逆に選手たちは混乱してしまうのではないか。

練習を終え、自らトンボを持ってグランド整備を終えた原田監督は、汗を拭きながら話し始めた。
「今年のチームは明るく元気なチームなので、勢いを大切にして戦っていきたいと思います。試合ではあまり細かな事は求めません。少々のミスは仕方がないと思っています。でも練習では教える事はきちんと教えておかないと」
その言葉を聞き、練習を見て感じた疑問が解消された。
この時期、練習はもちろん京都大会に標準を合わせて行われている。それは間違いないのだが、それと併せて別の意図がこの練習に込められていたのだ。
「今年の大学選手権にはOBが20人も出てくれたんですよ」
本当に嬉しそうな表情で原田監督はそう話した。平安OBで大学4年生の選手の進路について頭を悩ませている話も聞かせてくれた。
以前、原田監督からこんな話を聞いたことがある。
「僕は卒業生たちの追っかけになるんです」
神宮球場や東京ドームで活躍する選手たちの姿を見る事が何よりも楽しいし、嬉しいんですと原田監督は話した。
そんな原田監督の表情を見て思った。3年生がこの亀岡グランドから巣立つ日がもう間近に迫ってきている。残された時間はもう多くはない。もっと3年生たちに野球を教えてやりたい。この子たちの将来のために、少しでも多くの事を伝えて、このグランドから送り出してやりたい。きっと原田監督はそう思っているに違いないのだと。

 


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