2004年7月8日 須知高校

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平日の昼間だからだろうか。京都縦貫道はほぼ貸切状態で他の車を見かける事はほとんどなかった。快適にアクセルを踏み、昨日、平安グランドに行くために降りた亀岡出口を越え、更に車を進めた。
八木、園部と過ぎて終点である丹波に到着したのが正午を少し回った頃。京都縦貫道を降りて国道9号線に入り、少し走ると丹波自然公園が左手に見えてくる。その丹波自然公園のほぼ向かいに須知高校がある。

グランドに足を踏み入れた途端、懐かしい匂いがした。
広大なグランドには夏の太陽が降り注ぎ、土が白く照り返っている。グランドは緑に囲まれ、その緑の木々に止まっている蝉が鳴き声を響かせている。
誰もが子供時代の思い出として抱いている夏の風景が須知高校のグランドにはあった。
足元に小さな影が走った。トカゲだった。トカゲを見るなんて何年ぶりの事だろう。トカゲはまるでグランドを案内してくれるかのように僕の前を走り、緑の中へと消えていった。

グランドではすでにNHKの取材が始まっていた。カメラマンが紅白戦形式の練習風景を撮影している。バックネット裏に行くと、谷内監督が毎日新聞の取材を受けていた。
「いやぁ、1日に3つの取材を受けるなんて初めてですよ」
森部長はそう言って出迎えてくれた。
須知高校に取材陣が集まった理由。それは、今、マウンドに登っている投手が、今年の京都で、一番速いボールを投げると言われているからだ。

谷掛雄介。昨年からその素質を注目されていた右のオーバーハンド投手は、今年に入り、また一段とスピードを増した。そして今春、そのスピードはついに145キロにまで達した。
高校生で140キロのスピードボールを投げる。もちろんそれだけで一級品の資質と言えるのだが、更にそこからの5キロの上積みが、一級品と超一級品の境目になるように思う。以前、プロのスカウトに話を聞いたことがあるが、左なら135キロ、右なら140キロが出るかどうかが追いかけるかどうかのひとつの基準になると言っていた。谷掛は145キロを出した。春から急に周囲が慌しくなったと谷内監督は話した。

谷掛をはじめて見たのは昨年の春。春季大会一次戦の京都成章戦だった。当時の球速は130キロの半ばぐらいだったと記憶しているが、スラリとした長身から投げ下ろされるボールに豊かな将来性を感じた。
夏の大会では敗れはしたものの、準優勝校の京都外大西相手に好投を見せた。当然、秋季大会での活躍を誰もが予感し、期待した。

それが、だ。須知は秋季大会一次戦の一回戦で敗れた。相手は強豪の京都学園だ。試合に負ける事は仕方がない。でも1対10というスコアは一体どういうことなのか。あの谷掛がどうして10点も取られてしまうのか。

谷掛の球速はスピードガンで140キロを越える。そのスピードボールを各打者が力負けすることなく打ち返している。
「バッティングもいいでしょう。毎日、谷掛のボールを打ってるから、スイングがどんどん鋭くなってきました」
そう教えてくれたのがバックネット裏で熱心に練習を見ていた岸本さん。岸本さんは地元で建設会社を営みながら、地域の子供たちのために少年野球を教えている。
「谷掛は子供の頃からよく知ってます。昔は泣き虫だったんですよ。鳥羽の内藤もウチのチーム出身です。谷掛と内藤で京都ナンバー1の投手陣が須知に出来ると楽しみにしてたら、鳥羽に行きたいって言い出した。残念だったけど、行くからには鳥羽で絶対にエースになれよって送り出した。この春、内藤は1番をつけてたでしょう。それが嬉しくてね。あいつも頑張ってるんだなって」
須知高校は4年前の春季大会で優勝した。言葉は悪いが、田舎のごく普通の公立高校がそんな成績を残せるのは、岸本さんのように、地元に野球を根付かせる活動を続ける人がいるおかげだろう。

岸本さんと話していると、後方からミットの音が聞こえてきた。その方向を見ると森しかない。一体、どこから音が聞こえてくるのだろうと森の中を覗くと、そこには緑の木々に囲まれたブルペンがあった。
「ユンボを使って1日で作ったんですよ」
岸本さんは2年前の春、森の中の土をならしてこのブルペンを作ったという。
「・・・森の中のブルペンか・・・いいですね」
森の中のブルペンでは、サウスポーの松尾が投球練習を続けていた。
「谷掛はこのブルペンでしか投げないんですよ」
2年前の春という事は、ちょうど谷掛が入学してきた頃だ。と言うことは、この森の中のブルペンは、谷掛の成長をずっと見届けてきたという事になる。

紅白戦形式の練習は3時に終わった。試験の真っ最中という事で、練習は軽めで打ち上げるという事だった。
練習の最後はノックで締められた。そのノックがあっけないほどに短い。何かにせかされるように選手の動きが慌しい。
内野手、外野手とボールを処理した選手がホーム付近へと集まる。最後のライトの選手がその輪の中に入った瞬間、ある選手が声を上げた。
「5分を越えてしもた!!」
どうやら、夏の大会で試合前に行うノックが時間内に終わるように練習をしていたようだ。
ノックが5分以内に終わらなかった事を悔しがる選手たちと懐かしい夏の風景が上手い具合に馴染み合い、何ともいい光景に映る。

その光景を見ていると谷掛が10点を取られた理由が何だか分かったような気がした。
その光景は昨日に見た平安亀岡グランドの光景とは明らかに違った。この光景の違いが140キロのボールを投げながら、10点を取られてしまう理由なのだと思った。
しかし、夏の匂いのするグランドと森のブルペンがあるからこそ、145キロを投げるまでの投手になったのだとも思うのだ。
この光景の中で育ったからこそ、新しい、違った光景の場所に進める投手になったのだと思うのだ。

 


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