2005年5月16日 京都教育大付属高校

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伏見区のちょうど中心部を東西に走る墨染通を竹田街道から東進すると、左手にコンクリート剥き出しの殺風景なビルがそびえ立っている。店舗や事務所が入っているわけでもなく、人が住んでいるわけでもないそのビルの正体は、京都市消防学校の訓練塔だ。京都市内全域に勤務する消防士約1800人全員が、各署所に配属になる前に、この消防学校で半年間の訓練を受ける。
僕がこの消防学校に入校したのは今から15年前の4月。消防学校は全寮制となっていて家に帰ることが出来るのは週末だけ。振り返れば、小学校3年生の頃から25年間高校野球を見続けている僕が、もっとも高校野球を見なかったのがこの消防学校に入校していた15年前の夏だった。
15年前の夏の京都代表は北嵯峨。好投手の細見を擁して優勝候補の一角にまで名前が挙げられたが、初戦で秋田に惜敗した。星稜の松井秀喜が甲子園初ホームランを打ったのもこの夏だったし、沖縄の悲願を背負い、右肘の痛みに耐え、歯を食い縛りながら投げ続けた沖縄水産の大野投手が決勝戦まで進んだのもこの夏だった。
無機質にそびえ立つ訓練塔を見ていると、訓練でしぼられて脱水状態となった15年前の夏を思い出す。その消防学校とわずかフェンス一枚を隔てた所に、京都教育大付属高校はある。

墨染通りに面した校門をくぐり、警備員さんから入校証を受け取ってグラウンドへと足を運んだ。目の前に京都市内にある学校としては広大なグラウンドが広がっている。だが実際のその広さよりも、よりグラウンドが広く感じるのはなぜだろう。
「広さは申し分ないんですけどバックネットとマウンドがないんですよね」
その理由を今井監督が教えてくれた。そう言われて初めて気が付いたのだが、確かにこのグラウンドにはバックネットもマウンドもない。突起物のない平面な風景がこのグラウンドをより広く感じさせる。
「ブルペンにはマウンドはあるので投球練習は出来るんですが、バッターに対して投げることが出来ない。それが悩みです」

今井監督は京都工芸繊維大学に通う現役の大学生。京都教育大付属高校野球部のOBだ。監督の要請は高校3年生の時に受けた。
今井監督は高校2年生の夏にスタートした新チームで主将となった。その直後、病が今井監督を襲い、長い入院生活を余儀なくされた。出席日数が足らなくなり留年。最後の夏の大会には何とか出場することは出来たが、不完全燃焼のまま高校野球は終わってしまった。
「大学の野球部に入ろうかなとも考えてましたが、高校野球を燃焼し尽くしたいという気持ちから監督を選びました」
大学1年生になったと同時に監督に就任。卒業式を迎えるまでは先輩後輩だった選手たちとの仲が、4月になると監督と選手の立場に変わった。
「でも特別に何かが変わったというわけではなくて、キャプテンの延長として選手たちと接しました。ただ難しいなと思うのはチームの雰囲気が落ち込んでいる時。キャプテンの頃だったら率先して声を出して盛り上げていったんだけど、監督が1人ではしゃぐのもどうなのかなと思って」
監督となって迎える4度目の夏まであと2ヶ月を切った。そしてこの4度目の夏が、監督として迎える最後の夏の大会となる。
「何とか夏の大会で1勝をしたい。その目標を持ってこの1年間を選手たちと頑張ってきました」
京都教育大付属高校野球部は昭和62年を最後に夏の大会での勝利を挙げていない。
「現役時代に果たせなかった夏の1勝を何とか最後の夏に挙げたいです」

時刻は15時30分。3学年を合わせると選手数は26人いるが、グラウンドに姿が見えるのはたった5人だけ。その5人が静かに、黙々とランニング、キャッチボールを進めている。他の選手たちは補講授業を選択しており、全員が揃うのは16時30分から。それまでは自主練習という名目なので声を出すことは禁止されている。
その他にも野球部に課せられる制約は多い。練習は完全下校の18時10分には終わらなければならない。という事は補講授業を選択している選手たちの1日の練習時間はたった1時間40分しかない。練習日数も1週間に月、水、木、土の4日だけ。それ以上のクラブ活動は禁止されている。
限られたその練習時間を有効に使うために、ホワイトボードには分単位でその日の練習メニューが書き込まれていた。

16時30分を回り、補講授業を終えた選手たちが次々とグラウンドへと飛び出してきた。と同時に声を出すことも解禁となり、広いグラウンドに選手たちの声が響くようになる。先行組の5人がノックを受ける間、補講組がランニング、ストレッチ、ダッシュ、トスバッティングと慌しくメニューをこなしていく。
17時10分からは投手、内野手、外野手の3箇所に分かれての守備練習が始まった。短い時間の中で少しでも選手たちが練習に取り組めるよう9人いる女子マネージャーが大活躍を見せる。
投手陣に対してバンドに見立てたゴロを投げるのは女子マネジャーの大切な仕事のひとつ。小さな手に握られたボールを懸命に転がす。
「大橋さん、もっと強く転がして!!」
今井監督から女子マネージャーの大橋さんに指示が飛んだ。

17時25分からはボール回しが始まる。各ベースに3人ずつが入り、2球のボールを回す。暴投になったり、受け損なったりして度々2球であるはずのボールが1球になってしまう。その度に「あれ?もう1球はどこにいった?」と練習が止まる。
途中からは変形のボール回しとなった。それぞれの選手が対角線上のベースにダッシュしながら、つまり一塁にいる選手は三塁に向かって走りながらボールを受け、すぐに送球、そして三塁へと走る。足を動かしながら捕球、送球をすることが苦手な選手が多いために取り組んでいる練習方法だという。だが先ほどまでのボール回しと同じように、捕球、送球ミスが続いて流れが止まってしまう。見かねた今井監督が選手たちを集めた。
「久しぶりにやった練習だからミスが多いのかもしれないけど、昨日やった練習だけが試合の中で出るわけじゃないだろう?時間は限られてるんだから、一度やった練習はその時に確実に身につける気持ちで挑まないと」
もっと選手たちにアドバイスをしたい様子だったが何せ時間がない。アドバイスもそこそこに再び選手たちはグラウンドへと散らばっていった。

17時55分からはこの日の最後のメニューである想定ノックが始まった。今井監督がノッカーとなり、走者を置いて、アウトカウントを設定。試合を想定した守備練習が始まる。高校から野球を始める選手も多く、守り、走者ともに流れの中でのプレーが出来ない選手もいる。
「その打球はタッチアップやろ!」、「カバー忘れてんぞ!」
選手たちの声に熱がこもり、ようやく練習が白熱した頃に、時計の針は18時10分を指した。
「練習終了!」
女子マネージャーの声が飛ぶと、一斉に選手たちは練習を止めてグウランド整備を始める。1分たりとの延長もだめなようだ。

グラウンド整備の後、ミーティングが始まった。
「これからテスト週間が始まるけど、2、3年は勉強も頑張りながら野球のパフォーマンスも落とさないこと。1年生は今回はテストだけに集中すること。野球をしていても勉強は出来るんだということを証明しないといけないから」
慌しくユニフォームから私服姿に着替えながら、今井監督はアドバイスを送った。
「すいません。バイトが入ってるんでお先に失礼します」
そう言ってバイクにまたがり、今井監督はグラウンドを去っていった。

着替えをしている中村主将と少し話しをした。
「今井さんは練習も押し付けじゃなくて僕たちの自主性に任せてくれてます。言われることは『思いやり』、『低く速く』、『移動は迅速に』の3つだけです。
このチームの課題は守りです。打てるチームじゃないので、守りで投手を盛り立てていきたい。
19年間、夏の大会で1勝もしていないことは知ってます。今井さんの最後の夏に、僕たちの手で何とか1勝を挙げられるように頑張ります」
選手たちと監督の思いはひとつのようだ。

18時20分を回る頃には選手たちも完全にグラウンドから姿を消した。誰もいなくなったグランドに1人で立っていると、目の前に広がるグラウンドはとてつもなく広大であるように思えた。


 


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