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2005年6月3日 乙訓高校 |
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学校に到着したのは15時20分。事務室で入校証を受け取り体育教官室へと向かう。 15時30分となりチャイムが鳴った。 「柔道の授業が終わったばかりなんですよ」。 このチャイムが今日の授業がすべて終わったことを知らせるとともに,末常拓司が乙訓高校体育教師から乙訓高校野球部監督へと変わる知らせでもある。
乙訓高校は長岡京市にある公立高校で全校生徒は約600人。商業科があるので女子生徒が多く男女比率は1対2となっている。 男子生徒約200人のうち野球部員は44人。5人に1人が野球部員である計算だ。男子生徒の中で野球部員が占める比率は高い。 野球部のこれまでの最高成績は夏の大会でのベスト4。昨年は春季大会で平安を破るなどしてベスト8に進出する活躍を見せた。昨年のエースであった森投手(立命館大)をはじめ,森の1学年上の上羽投手(大阪学院大),そして今チームのエースである峯投手とここ数年は左の好投手を多く輩出している。 「上羽の野球に取り組む姿勢,森の運動能力,峯のガッツを足して3で割ってやっと一人前の投手です」と末常監督は笑う。
乙訓高校のグラウンドは春,秋の一次戦に会場として使われるほどの広さを持つ。その広いグラウンドに44人の選手たちがフリーバッティング,守備,ティーバッティング,キャッチボールの4グループに分かれて散らばる。 フリーバッティングはマシン,打撃投手など計5箇所に分かれて行なわれるが,その中でアームマシンと呼ばれる機械からはかなりの球速のボールが飛び出してくる。マネージャーに聞くと,スピードは134キロだという。このアームマシンを全ての選手たちが打てるわけではない。 週初めの早朝練習で全部員のティーバッティングの打球速度を計測する。打球速度がチームで28番目までに入ればフリーバッティング組に入ることができ,そのうちの上位13番目に入ってようやくアームマシンを打てるようになる。ある程度のスイングスピードとパワーをつけてからでなければ,130キロ以上のスピードボールを打つ練習をしても意味がないからだ。 高校生の強打者と呼ばれる選手でティーの打球速度は140キロを超えるという。女子マネージャーに全部員の打球速度一覧表を見せてもらったが120から130キロ台の選手が多い。乙訓高校のナンバー1は南本選手で140キロを超えていた。
各選手の打ち込み量が多い。1人につき180球から200球以上を打ち込む。守り中心の練習をするチームが多い中で乙訓の打撃練習量はかなりの多さだ。 一般的に守りは練習すればするほど上達するものだと考えられている。だがその考えに末常監督は首をかしげる。 「僕に指導技術がないことが一番の理由ですが,本当に守りは練習すればするだけ上手になるのかなという疑問はあります。内野手の華麗なフットワークなんて教えてもなかなか出来るものじゃない。打撃よりも守備の方が選手個人の資質による部分が大きいような気がします」。 全く守れないチームではもちろん話にならないが,どんなに守備練習をしようともエラーをなくすことは出来ない。 「例えばよく守って1対1の同点で迎えた終盤に1つのエラーで負けたとします。すると敗因はエラーということになるんでしょうが,でも打つ方で3点を取れていれば勝てるわけですよね」。 そんな理由から打撃練習が多いのだという。 「でも高校野球はやっぱり守りかな。ウチのチームに松井秀喜がいても勝てないけど,松坂大輔がいたら,もしかしたら甲子園に行けるかもしれませんからね」。
打撃練習だけではなく練習試合の数も多い。年間の試合数は140以上に上る。今の3年生が入学してきた時は上級生の部員数が少なかったため,峯選手などは1年生の頃から常時試合に出場していた。これまで出場してきた試合数は300以上,入った打席は1200以上にも上る。 「この前の試合で,峯君は記念すべき400本安打を記録しました」とまた笑った。よく笑い,よく冗談を言う監督さんだ。 選手たちは淡々と,そして黙々と練習に取り組んでいる。真面目な選手が多いのだろうか。 「たまにメッキが剥がれる時はありますけど。でもこうやって授業が終わった後に練習して,朝も他の生徒よりも早くに学校に来て練習をやっている。それだけでもたいしたものだと僕は思うんですけどね」。
18時を回り,サッカー部,陸上部,テニス部の部員たちの姿が見えなくなっても,野球部の練習は続く。「長時間ダラダラ練習がウチのモットーですから」。 それは冗談であるにしても,練習量の多さは京都でもトップクラスに入る。基礎がしっかりと出来ている選手が揃っているのであれば実戦練習を中心に短時間で切り上げることも出来るが,その基礎を築き上げるためにはじっくりと時間をかけるしかない。 末常監督は南八幡から京都教育大に進んだ後,教師となり母校の南八幡,そして西城陽へ赴任した。西城陽時代,ヤクルトの中継ぎエースである河端龍を擁して76回の夏の甲子園に出場。その後も洛北,乙訓と公立高校一筋に野球部を指導してきた。その中で築き上げてきた公立高校野球部に対する指導理念があるのだろう。
19時を回り陽が落ちてからグラウンド整備が始まった。だがまだ練習は終わらない。整備が終わった後,選手たちは体育館へと移動する。 体育館では女子バレーボール部がミーティングをしていた。インター杯予選開幕が明日に迫っている。3年生にとっては今日が最後の練習日。彼女たちは体育館を離れるのが寂しいのだろう。声が次第に涙声へと変わっていった。 ユニフォームからジャージに着替えた野球部員たちが体育館に入ろうとするのを,末常監督が「もう少し外で待ってあげて」と止めた。 女子バレーボール部のミーティングが終わってから,選手たちは体育館へと入り,マットやメディシングボールなどを準備する。率先して動いているのは3年生だ。 「今の3年生は優しいですね。僕らの時代では先輩が練習の準備をするなんて考えられなかったですけどね」。 3年生と1年生では意識の持ち方に大きな違いがある。優しいということもあるが,それ以上にフットワークの鈍い1年生に任せるより,自分たちで素早く準備をして練習をしたいという気持ちが3年生には強い。女子バレーボール部と同じように,彼らが練習を出来る時間はもうあまり多くは残されていない。
準備が終わると,選手たちはグラウンドと同じように4グループに分かれてトレーニングを始めた。メディシングボールを投げ合うグループ,吊り輪運動をするグループ,腹筋をするグループ,倒立やバク転をするグループ。 「この練習に何の意味があるんですか?といつか選手たちに聞かれそうで怖いんですけど」と末常監督は頭をかいた。 以前はコンディションニング専門コーチに見てもらっていたが,その費用が年間で約50万円かかる。予算の少ない野球部にとってその出費は痛い。ならば自分たちでメニューを考えようと色々なトレーニングを試してみる。 「バク転が出来ても野球はうまくはならないかもしれないけど,イチローだったらきっとバク転もうまいような気がしませんか?」。 昨年のエースだった森はマット運動でも吊り輪でも何でも器用にこなしていたという。そのバランスの良さが,あの綺麗なフォームを生み出すのだろう。
トレーニングが終わる頃には時計の針は20時を回っていた。最後に選手たちが輪になって練習の中や生活面で気がついたことを意見し合う。峯選手が口を開いた。 「挨拶が出来ていないって注意されたけど,1年生ならまだ仕方ないけど,3年生はもうそんなこと言われているような時期じゃないと思う。もう2ヶ月を切ったんだから」。 選手たちが帰った後,末常監督と話をしていると,1人の1年生が体育教官室の扉を叩いた。 「自転車通学許可証を失くしてしまったんで再発行してください」。 自転車通学許可証を発行するのは他の先生の仕事だが,校内で明かりが灯っているのはこの体育教官室だけだ。 「その先生はもう帰られたから,また今度発行してもらいなさい」。 「・・・でも通学許可証がないと自転車で学校に来ちゃ駄目なんです・・・」。 「失くしたって言えば大丈夫だから。明日も自転車で学校に来ていいよ」。 その1年生はようやく納得して帰路についた。 「やっぱりウチの子は真面目なんですかね」。 末常監督はそう言って笑った。
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