2003年7月4日 京都外大西高校

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午前中には久しぶりの晴れ間も見えた今日、京都外大西の練習を見るために西山を登った。
車中の温度計は28度を示しており、久しぶりに汗ばむ陽気だなと思っていたが、山を登りきって車を降りると、体に触れる空気がひんやりとしている。
もちろん、今いる場所が標高約600メートルに位置するということが一番の理由であるが、もうひとつ、いつも熱気に包まれているグランドに、まだ選手が到着していないということもその理由だろう。
一塁側ネットの外に置かれてあるベンチに腰を降ろしながら、誰もいないグランドを眺める。周りには全く誰もいない。遠くから犬と鳥の鳴き声が聞こえてきた。

15時40分、選手を乗せたバスが到着。次々と選手たちがグランドに姿を現す。すらりとした体型の選手たちに混じり、恰幅のあるお腹を揺らしながら歩く男性がいる。三原監督だ。
三原監督はショートの守備位置の辺りで足を止めた。その場所に水たまりができている。三原監督は一輪車で土を運ぶよう選手たちに命じ、自らトンボを手にして運ばれてきた土を丁寧にならし始めた。

軽めのアップが済むと、フリー打撃が始まった。ピッチングマシーンがひとつと、打撃投手が2人。計3箇所に分かれての打撃練習。打撃投手のうちの1人は左投手。投げるボールはカーブが多い。平安・服部投手のカーブを想定しているのかなとは、考えすぎだろうか。

16時40分、第2便のバスが到着。同じ野球部員でも、体育クラス、普通科クラス、特進クラスによってバスが学校を出発する時間が違うそうだ。
遅れて到着した選手たちは各々でキャッチボールを済ませた後、それぞれの守備位置へと散っていく。

フリー打撃は1箇所で1人10スイング。3箇所で計30スイングをする。ベンチから三原監督の大きな声がする。
「田中!!児玉!!」
名前を呼ばれた選手は守備位置から走ってゲージまでやって来る。どうやら三原監督がバッティングを見たい選手が呼ばれていくようだ。
1度フリー打撃を終えた大塚選手の名前が再び呼ばれる。夏の開幕を間近に控え、4番バッターに打ち込みをさせておきたいという意図なのだろうか、それとも三原監督の単なる勘違いなのだろうか。

選手たちの振りが鋭い。オーバーフェンスこそないものの、低い弾道の打球が外野の間を抜けていく。ゲージの後ろでその様子を見つめる三原監督は、時折、アドバイスを送るほかはほとんど黙ったまま。静かにバッティングを見守るその表情は、打線の仕上がり具合に満足しているように見える。

18時、照明塔に灯が入ると同時にノックが始まった。ノッカーは上羽コーチとおもいきや三原監督がバットを握る。
ノックで絵になる写真といえば、やはりダイビングキャッチということになるが、その場面を撮ることはできなかった。なぜなら、選手がダイビングするような所へは打球が飛ばないからだ。ノックバットから放たれたボールは、選手たちが追いつけるぎりぎりの所へと転がっていく。

西武時代の広岡監督が「ノックでダイビングキャッチをしていると猛練習をしているように見えるが、実は選手たちにとって倒れこむほど楽な事はないのです。いかに倒れ込まないでボールに追いつく事ができるか。これが本当に辛い練習なんです」と話していた事を思い出す。

サードを守る1年生の西下選手が、再三ファンブルをするが、三原監督は声を荒げることもない。足の運び方、グラブの出し方を分かりやすく西下選手に説明する。
昨秋、三原監督は、「基礎が出来上がったら後進に道を譲りたい」と話していた。今日の練習を見ている限り、その日はもうすぐ間近にまで迫ってきているように思う。その日が来るまでに、この子たちに自分の持っているものを全て教えたい。
西下選手を指導する三原監督の姿から、そんな雰囲気が感じられた。
 


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