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Photographs by Tsunehiko Morita
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・名前 たっちゃん(本名 辰己寛)
・1970年5月10日京都市伏見区生まれ。
・牡牛座のA型。
・仕事 消防士。現在は救急救命士として救急現場に出動。
・趣味 映画鑑賞。読書。カメラ撮影。
・今までに印象に残った本 竜馬がゆく(司馬遼太郎)。落ちこぼれ軍団の奇跡(馬場伸浩)。成り上がり(矢沢永吉)。
・毎月読む雑誌 Number。日本カメラ。
・使用カメラ Canon EOS1D−MarkU。
・好きなプロ野球チーム 昔は阪神でアンチ巨人だったけど今は特になし。
・好きなプロ野球選手 松坂大輔。イチロー。炭谷銀仁朗。
・好きな食べ物 野菜
・嫌いな食べ物 マーマレード
・今まで一番印象に残った試合 62回選手権2回戦 浜松商対大分商 63回選手権3回戦 報徳学園対早稲田実
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高校野球を見始めたのは小学校3年生の頃から。牛島−香川のバッテリーが好きだったし、箕島と星稜の試合も晩御飯食べながら、長い試合だなと思いながら見てた。
その次の年、アニキが通ってた東宇治が甲子園に行った。何てことのない普通の公立高校で確か監督は化学か生物の先生で野球はずぶの素人。当時はまだそんな学校が甲子園に行ける時代だった。
それで地元の応援バスに乗ってはじめて甲子園に行った。往復のバス代とアルプスの入場券併せて500円。その券と1000円握り締めて三塁側のアルプスで応援した。
試合は2日目の第4試合で相手は石川の金沢高校。第3試合が延長戦で長引いて、試合が始まってすぐにナイターになった。カクテル光線に照らされた甲子園はとても綺麗だった。
東宇治は金沢に勝って次の相手は早稲田実。エースは1年生の荒木大輔だった。この荒木に魅せられた。子供ながらにマウンドに立つ姿がとても綺麗だなって思った。それから荒木より球が速かったりプロで活躍した投手をたくさん見てきたけど、今でも僕の中の最高の投手は荒木大輔。それは変わらない。
その次の夏、甲子園に荒木を見に行く計画を立てた。春から小遣いを少しずつ貯金して電車の乗り継ぎなんかも調べて。
抽選会で早稲田実は4日目の第1試合で高知高校と対戦することになって、まずいなと思った。荒木の人気は今では考えられないぐらいに凄かったから、朝、京都から出発してたんでは第一試合だといい席に座れないと思った。少しでもいい席で荒木を見たかったから、前の晩から甲子園の前で野宿しようと思った。
当時は小学校5年生で、親に言っても反対されるのは分かってたから黙って家を出て甲子園に着いてから電話した。
梅田の地下街で散々迷って、やっと阪神電車に乗った。電車が甲子園に近づくにつれて、何とも言えない胸の高鳴りがあった。電車が夜の街を走って尼崎、鳴尾と過ぎていって、もうすぐ甲子園に着くんだななんて考えてた。
その荒木大輔が山びこ打線に滅多打ちにあって池田時代が来て、その池田の三連覇を1年生の桑田、清原のPL学園が止めてPL時代が来た。あの頃の甲子園にはこんな風に主役の交代があったし、とても魅力的な時代だった。
当時で印象に残っているのは取手ニ。木内監督が好きで、春のセンバツが終わってから、夏は取手ニの試合を全部甲子園で応援しようと思った。
夏休みに入ってすぐ親戚のペンキ屋でアルバイトさせてもらって夏の甲子園が始まるまでに3万円貯めた。甲子園に1回行くのに5千円で優勝まで6試合あるから3万円いるという計算だった。絶対に取手ニが優勝するって思ってたから。
そして本当に取手ニが優勝した。でも1回戦は不戦勝だったから実際に甲子園に行ったのは5試合で5千円余った。その5千円で大会後に出た雑誌を全部買った。
それから20年経って、常総学院で木内監督の教え子だった小松原君と同志社国際のノンフィクションを書いて「Number」のスポーツノンフィクション新人賞を貰えた時は、やっぱりどこかで繋がってるのかなって思った。
ベースボール倶楽部を始めたきっかけは自分が読みたい高校野球雑誌を作ってみたかったから。それがちょうどインターネット時代と重なったからホームページという形になったけど、もしインターネットのない時代だったら、多分、ミニコミ誌みたいなものを作っていたと思う。
ホームページの参考にしたのは、「Number」。あの雑誌みたいに綺麗な写真をたくさん載せて、日本対バーレーン戦の試合詳細のように京都大会の1回戦から観戦記書いて、ジーコ監督のインタビューのように原田監督から話を聞けたら面白いと思った。
ベースボール倶楽部を作るのは楽しくて仕方がない。元々、雑誌を作りたいという思いがあったけど、ベースボール倶楽部を作るのは雑誌を作る作業を全部1人でするようなものだから。編集長気取りで企画考えて、カメラマン役もライター役もデザイナー役も全部自分1人。それが面白い。
そして何より、子供の頃からずっと好きな高校野球の現場に立たせてもらうことが嬉しくて仕方がない。
立命館宇治が甲子園に行った時、記事を載せてもらっている城南新報の計らいで取材に同行させてもらった。甲子園練習の時、あのテレビでよく見る暗い通路を登って一塁側ベンチ横からグラウンドに出て、甲子園の土を踏んだ。甲子園の土を踏みながら一塁側のスタンドを見た。荒木大輔を見るために、前の晩から野宿して座った一塁側のスタンド。その席を見ながら、今、甲子園の土を踏むことが出来たけど、あの時の気持ちは絶対に忘れちゃいけないなと思った。 |
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